現在のあなたをつくり出した【深層意識】を詳細に読み取り、心と身体を美しくリメイクします。

  ≪心と身体を美しく≫のナビゲーター   トップページ > スポンサー広告> 未分類 > 「可哀そうな私」は攻撃と同じ。  

スポンサーサイト

-- - --/-- [--] - --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「可哀そうな私」は攻撃と同じ。

2011 - 08/04 [Thu] - 05:38

先日、渋谷駅前の交差点で信号待ちをしていました 
目の前にいた20代くらいの女性が激怒した口調で、誰かと携帯で話しているんです。それはもうホントに激怒&大声。周囲の人、外国の人でさえ振り返るほど


「なんでそういうこと言うの?!」って感じで。


ブログで何度も書いているように、周囲360°、自分自身の現れです。私は彼女を見ながら

「私の怒りが出てんだなぁ…最近怒りが奥にあるもんなぁ」と思っていました。


もう少し彼女の言葉を聞いていたかったのだけど、私は表参道へ行くために半蔵門線に乗らなきゃいけなかったので、彼女と(密かに)バイバイしました。


そして表参道の駅に着くと…

なんとさっきの女性が今度は座り込んで大泣き&大激怒しているのです 
(銀座線で表参道に行ったのでしょう…)
今度は彼氏らしき人と一緒でした。彼はあきれ顔です。


これは…見逃すわけにはいきません なぜなら座り込んで激怒するその人は私の中の「あるエッセンス」が表に現れたものだからです


彼女はしきりに
「何で私を置いていくの?!」
「何でそういうこと言うの?!」

と彼に言っています。彼を責めているのは明らか。


ここから分かることが、

この人は自分の思い通りにいかないことに怒りを感じ、それで相手を責めている。ということ。つまり、自分の思い通りに動かない彼は、彼女にとってヒドイことをする人=悪者なのです。


そして座り込んで大声で泣いている。

これは可哀そうな自分をケアしてもらうために、泣くことで相手に罪悪感を抱かせるやり方です。座り込むのは「自分から動かなくていいでしょ。あなたが来なさいよ!」という思いの表れ。


ということで、本心は

*「私の思い通りに動きなさいよ!
*「私の気持ちをケアしなさいよ!」

と言いたいのですね。


彼女は自分を可哀そうだと思っているでしょうが、実は相手を攻撃している。

つまり加害者です。被害者を演じているつもりの加害者


この女性の中にある信じ込みが手に取るように分かります。

 *「私はいつも見捨てられる、置いていかれる」with悲しみ
 *「私はいつもヒドイ目に合う」with悲しみ

こういった思いがあることでしょう。

そして小さい頃から怒りと泣きで周りをコントロールしてきたはず。特に父親に対しては。


この女性がもしカウンセリングにいらしたら、やはりまずは感情の癒しが必要です。

感情と、置いていかれる…などの信じ込みを癒すとだいぶスッキリしますし、相手にも優しく接することができるようになります。


しかし  それだけだと時間の経過とともにまた同じような経験をし、怒りが湧き出てきます


なぜか????


それは、加害者である自分を見ていないから


人を思い通りに動かしたい、自分は動かず相手を都合よく動かしたい、それが当然 というところを見ていないから。


思い通りにしたい!などの欲求は普通に持つものです。欲求自体に良い悪いもありませんし、欲求は私たちの生きる原動力になります。


しかし、その欲求を自分自身ではなく、人に叶えてもらおうとしたり、人を操作すると問題が起きます。(泣いて罪悪感を抱かせるのはその典型)


加害者である自分を見ずにいると、意識の奥に加害者の私が押し込まれたままなので、潜在意識の投影である自分の世界は加害者が多くなります。


そしてまた表面の「私」は被害者意識を強める。以下繰り返し…


自分の加害者的部分を認めて、インナーチャイルドへのワークをすると「私はいつも置いていかれる」などの思い自体が消えていきます。そして被害者意識がなくなっていきます。


加害者である部分の修正をすれば、人生の中で自分が何かの被害者になることは無くなるのです もともと初めから被害者も加害者もいないのだから。


ちなみに、「なぜそういう言い方するの?」怒りありとナシは全然違います。「泣く」でも、例えばセッションやワーク中に感情と共に流す涙と、上記のように罪悪感を相手に抱かせようとする涙とは全然違います。周囲は分かるものです。


で、私にとっては彼女は「私の潜在意識の表れ」ですので、二人を観察しつつ思い込みの修正をしました


私は座り込んで泣き&激怒はしないけれど、「相手の言動にムッとする」程度の思いがあります。それは彼女の大激怒のエッセンスと同じ。それが大きいか小さいかは全く関係なく、ムッと思うだけの私と、行動で表す彼女に何の差もないのです。


いやぁしかし、あの怒りはホント凄かった!
あれだけのパワーで「自分が動く!」にシフトすれば望むものの現実化は早いのになぁ。






スポンサーサイト

すごい!!!経験ですね
すわさんでもそんな感情を外側に実現化させることがあるなんて!
加害者である自分・・・本当によく感じています。
修正なんですね。

コメントの投稿





管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://suwachie.blog47.fc2.com/tb.php/94-91558fed

 | HOME | 

雑誌に記事が掲載されました

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。